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NEW NURSING

世界で活躍する疫学者が日本の医療について議論する記事です。

NEXT Health Care

次世代の医療へ

新人看護師に贈る「5つの言葉」

4月も2週目になり、

新年度が本格的に動き始めた時期だと思います。


みなさんの今年度の目標は何でしょうか?


今回は、個人的に

今から本格的に仕事に取り組む新人看護師に向けて、

「5つの言葉」

を贈りたいと思います。


こころが新鮮なうちに知ってほしいこと。

そんな、ちいさなことです。


教え子たちが社会に出ているので、

はなむけの言葉を贈りたいと思います。


また新人でなくても

看護に希望を失いかけている方にも

意味のある5つの言葉だと思っています。


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(1) 看護とは、ひとの「いのち」を救うことである。


あなたは、新しい白衣に身を包み、

新しい業務を覚えなければと心配になり、

新しい自分にしっくり来ていないことでしょう。


看護とは何か。


いろいろなことを言う人がいますが、

それは、ただ純粋に「いのち」を救う仕事なのです。


もちろん、「いのち」という言葉は、

「心臓と脳を動かして、生命体として死なないようにする」

という意味だけではなくて、

「そこにある、ひとつの人生としての物語を豊かにしていく」

という意味でもあるのです。


交通事故で心停止寸前で運ばれてきた男性の外傷患者に

効果的に効率よくドレーンを挿入して救命することも、

「いのちを救う」ことであり、とてもすばらしいことです。


もちろん、それに対応できる知識と技術は

専門的な医療者として不可欠なものになります。


しかし、同じように

人工呼吸器につながた昏睡状態である少女に対して、

母親と昔の思い出を語りながら一緒にケアをすることもまた、

「いのちを救う」ことであり、とてもすばらしいことなのです。


・難病の小児とプレイルームで遊ぶこと

・若いがんサバイバーの結婚相談にのること

認知症のおじいちゃんと一緒に徘徊すること

・糖尿病外来で生活習慣が悪いとケンカすること

・在宅で自分もこう看取られたいと思うケアをすること

・シリアのモスクで武装勢力に健康調査させてと頼むこと(笑)


いずれにしろ、

「そのいのちを輝かせること」

が「看護」であり、「いのち」を救うという意味なのです。


専門用語で「QOLの向上」と言いますが、

硬い表現であまりおもしろくないですね。


病院という場は、

あなたが思っている以上に権威的であり、

「いのち」を救うことが

置き去りにされてしまっているのが現状です。


だから、どんな時も忘れてはいけません。


あなたの役割は、

「その目の前にある、いのちを輝かせること」であり、

それが「いのち」を救うという意味であり、

後にそれが「看護」と呼ばれることを。


>> 看護とは、ひとの「いのち」を救うことである。


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(2) 現場での経験は、将来必ずのあなたの資産になる。


ぼくは、偉そうな大学教授よりも

ビジネスとまくしたてる看護起業家よりも

「現場で一生懸命働いている」

看護師を一番尊敬しています。


「すべては現場にある」


若いころ、そう思って、研究を続けながら

寝る間も惜しんで救急で働いていました。


そして、今でも

「世界という現場」で一生懸命働いています。


「なんでこんなことまで、

 しなきゃいけないんだよ。」


イメージと違う看護の現場に戸惑い、

嫌になっているかもしれません。


その気持ちをぐっとこらえて、

今はひとつでも多くのことを経験しましょう。


その経験は、将来絶対役に立つ時が来ます。

本当に、今は迷いなく、こころからそう言えます。


卒後、臨床にまったく興味がなくて、

自分は最初から研究一本で生きて行こうとしていました。


すると、すべてのメンターからたしなめられて

嫌々ながらはじめた「臨床現場」でした。


ただ悔しかったから「なにくそ」と思い

現場のすべてを経験してやろうと考えて、

若い頃は、雑務はすべて積極的に引き受けて

看護助手やそうじのおばちゃんの仕事も手伝って、

「経験」と同時に「信頼」をも得ることができました。


何よりも仕事に対する「姿勢」を

身につけることができました。


そのおかげで、病院のシステムを理解し

ひとの使い方を学ぶことができて、

誠意ある姿勢の仕事が評価されて、

世界を飛び回る仕事ができています。


無駄な経験なんてないし、

そのひとつの経験が積み重ねが

将来の自分の夢を叶える「資産」となります。


どんなちいさな作業からでも学べることがあります。

そんなちいさな積み重ねが自分の未来を生み出していきます。


もちろん、仕事としての学びだけでなく、

人生としてもいろいろ学べる経験ができるのが、

看護における現場のすばらしいところです。


>> 現場での経験は、将来必ずのあなたの資産になる。


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(3) 看護の世界は、矛盾だらけの「昭和」である。


今の日本の看護において

権威主義で封建的で「本当に終わっている」と

思わざるを得ない現場があることも事実です。


学校ではエビデンスに基づいたケアを学んだのに、

現場に出ると昔から働いてる看護師の

根拠のないケアを強制させられることになるでしょう。


看護はコミュニケーションと学んだのに、

後輩に圧力的で、人間としてどうなのか

と思う先輩看護師もいることでしょう。


理想とはかけ離れた矛盾だらけの

「昭和」の香りが残る看護の現場があります。


ただ、たとえ、その矛盾を強制されたとしても

自分の考えや思いだけは奪われないで下さい。


あなたの思っていること、

あなたが受けた教育が正しいのです。


現場が間違っており、

まだまだ現場が時代遅れなのです。


ぼくも昔は不器用で過激だったので、

いろいろな衝突を招いて、とても戸惑いました。


新人のころに人工呼吸器の患者を持たせてもらい、

エビデンスとは逆のケアを行っていたので、

有名な英語の論文をコピーして日本語訳をつけて

病棟カンファでその方法について話したところ、

新人がでしゃばるなと、病棟管理者の怒りを買い、

その後、数ヶ月間は呼吸器を受け持たせてくれなかった

という笑い話もあります(笑)


その時は怒られたので、よくわからないまま謝りましたが、

公衆衛生出身の自分としては、

「これが看護の現場なのか、すげー」

と逆の意味で新鮮で感動したのを覚えています。


近くにいたアメリカ帰りの医師が

「お前は正しいよ、早く海外へ行きなさい。

 じゃないと、こころをつぶされてしまうよ。」

とこっそりささやいてくれたのが印象的でした。


看護の世界は感情的に動く、

まだまだ専門的でない集団になります。


だから、これは異文化への参加観察なんだと思い、

むしろ、その矛盾をこころに刻みつけてください。


それは、あなたが将来、

変えなければならないことなのですから。


看護を変えられるのは、新鮮な目を持ったあなたなのです。


>> 看護の世界は、矛盾だらけの「昭和」である。


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(4) ただの1日もしっかり振り返れば、3日分になる。


何よりもしっかり記録を付けて、

毎日を振り返ることが、あなたを「デキル看護師」にしていきます。


現場で行動するだけでは進歩が遅く、

何回もイメージして振り返ることで、

進歩が劇的に早くなり、何回も行動したかのように

スムーズに行動できるようになります。


しっかりした振り返りをするだけで、

普通の人の1年の経験を3年分の経験に変えることができます。


特に自分の記録をつけることが大切です。


自分は毎日仕事を行っている際に

普通の大きなノートを持ち歩き、その見開きを使って、

左側に時間軸でその日の業務を記録して、

右側に印象に残った症例を整理していました。


左側に書く業務内容の記録としては、

主に以下の3点を記入していました。


# 時 間

# 必要な物と物のある場所、具体的な方法

# 注意すべきポイント


たとえば、

・9時 申し送り後清拭準備

(タオルは清拭台の2段目、お湯は42度にする)

・10時 バイタル

(尿量と呼吸器チェック忘れない)

など、病棟でつねにノートを持ち歩いて、

スキ間時間で業務をその場で記録していました。


そして、自宅に帰ると

今日の業務から次の日の業務をイメージして、

次のページの左側に時間軸にそってチェクリストを作り、

イメージトレーニングして寝ていました。


右側に書く症例の記録としては、

主に以下の3点を記入していました。


# 病 歴

# 検査値とフィジカル

# トータルな介入方法


受け持ちや他の気になった患者の病歴や検査値を記入して、

自分でフィジカルアセスメントを取りに行って、

自宅に帰ってから介入方法を簡潔に立てていました。


救急なら、入院後にこういう戦略で治療とケアをするな

ICUなら、明日はこういう介入で反応を見てみよう、

病棟なら、この患者のここだけは何とかしたいな

というイメージで、あまり欲張りません。


すると、知的な思考と実践とが重なり合って、

半ば介入実験みたいなかんじで、

毎日とても楽しくなってきます。


その症例ノートを使って、

次の日には医師の前で症例発表して、

介入について議論したりして、

自分から積極的にチームをマネジメントしていきます。


マニアすぎたので、

朝早く現場に行って電子カルテを開き、

夜に来た重症患者についてすべて目を通して、

興味深い症例はすべてノートしており、

そろそろ本が書けるんじゃないかと思ったくらいでした(笑)


ぼくは天才ではないので、

絶対的な量をこなす努力でなんとか

質を高めることができると思っていたので、

人の数倍の振り返りをしただけですが、

自分が3年目の時には8年目の医師に

「あの症例見た?おまえならどうするよ?」

と対等に議論される存在になっていました。


看護はどうも人はみな同じ能力で

同じスピードで成長するものだと思っているみたいですが、

それが大きな間違えです。


看護師の能力は臨床経験年数では決まりません。


デキル看護師はしっかり内省と努力をして、

ものすごいスピードで成長するし、

デキナイ看護師は内省と努力をしないので、

成長のスピードが遅いのは明らかです。


特に看護教育ラダーを

臨床経験で区切っている病院はナンセンスです。


看護師の能力は臨床経験年数ではなく、

生み出した成果によって評価されるべきなのです。


しっかりと仕事すれば、

3年目で5年目の看護師を余裕で超えることができます。


もちろん、それは能力というより、

努力の差なんだと思います。


だから、毎日新しいことばかりで大変だと思うけど、

1日をしっかり記録して振り返ることだけは

継続して行ってみて下さい。


そしたら、気づいたら

来年の今頃には3年目の看護師と同じくらいの実力がついて、

ただの1年を振り返りによって3年にできたことなります。


>> ただの1日もしっかり振り返れば、3日分になる。


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(5) 看護はあなたの一部であって、すべてではない。


何かつらいことがあって

看護が嫌になったからといって、

人生をあきらめないで下さい。


たとえ看護で失敗しても

その失敗はあなたのすべての失敗ではありません。


看護から離れることも、人生では必要なことなんです。

看護から離れても、全然良いんです。


看護をずっと続けていくことなんて不可能です。

それは本当の意味で疲れてしまいます。

だから、時には休みが必要なんです。


能天気なぼくの人生において

看護や公衆衛生が占める割合は10%なもんです。


ぼくの人生は、

スタバで話してバカ笑いすることだったり、

クラブでテキーラ大会することだったり、

実家の犬と公園をゆっくり散歩することだったり、

これらの割合の方が看護よりもよっぽど多いし、

看護よりも人生で大切なことです。


看護は自分の人生を豊かにする一つの道具に過ぎず、

看護や病院に縛られる必要なまったくありません。


看護や病院に縛られるより、

よい恋愛をして、よい音楽を聴いて、よい旅行をする方が

よっぽど良い人生だし、良い勉強になります。


堅く考えずに、

自分を追い込まずに、逃げ道を確保しておいて下さい。


また看護に戻りたいな。

そう思えたら、戻ってくればいいし、

いつでも戻れるのが看護のよいところです。


とりあえず新人としてがんばって、

数年後に看護に嫌になったら、

一回看護から離れて、

またそこからスタートすればいいだけの話です。


>> 看護はあなたの一部であって、すべてではないのですから。


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やや過激な表現も含まれますが、

正直に自分の思いを書いてみました。


ぼくは、看護の未来が楽しみでしかたありません。

もっともっと看護は自由であるべきだと思います。


特に、こうやって長いマニアな文章を読んでいる

物好きなあなたと出会えたことに感謝です。


よくもこんなに専門的で長いブログ読みますね(笑)

書く方も数時間かかる重労働なんですが(笑)


あなたが看護師として働いていることは

本当にすばらしいことです。


まずは、がむしゃらにもがいてみて下さい。

そしたら、少しづつ未来が見えてくるはずです。


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