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NEW NURSING

世界で活躍する疫学者が日本の医療について議論する記事です。

NEXT Health Care

次世代の医療へ

物語

寒さが心地よい秋に

まとまりのない話を少々。


自分の専門である「疫学」は

世間ではまったく一般的ではないので、

医療者以外の人に

「どんな仕事をしているのですか?」

と聞かれたら

「医療に関する統計が専門です。」

と答えるようにしています。


けれど、たいがい

「そうなんですか。(私には無理、そういうの嫌い)

 数学が好きなんですね。(人間的ではないのですね)」

といつも「ドン引き」された言葉が返ってきます。


確かに数式や論理は大好きです。


だけど、この場を借りて言わせて頂ければ、

統計ばっかりの日常で生きている自分は、

けっこう曖昧で統計で測定できない

生臭い人間的な側面も大好きなんです。


それはもちろん

疫学者として看護から学んだ

「測定できないもの=曖昧な人間性」への敬意から、

対象をいろいろな方法を用いて記述して、

対象を包括的かつ立体的に捉えるという

他の疫学者と差別化できる専門性を

身につけることができたからです。


看護ではあたりまえの視点が

疫学では「斬新」と言われて

けっこう「重宝」されています。


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最近オラウータンに興味がわき、

マレーシアのボルネオまで会いに行ってきました。

(仕事ではなく、休みとして)


オラウータンは、人間のDNAと96.4%同じであり、

人間に最も近い種であると考えられています。

(マジでマジでかわいいです!)


傷ができても自分で水で洗うし、

他のオラウータンが病気になれば看護するし、

母親は6年程度も子育てして、母から子へ

生活の仕方をひとつひとつ継承していくのです。


きっと

恋愛もするし、うつにもなるのでしょう。


この写真のオラウータンのこどもは

森で捕まえられてペットされていたところを

マレーシアの環境団体によって保護されて、

今は森で野生に戻るリハビリをしています。


人を見ると近づいてくるクセが抜けませんが、

お兄さんオラウータンから巣の作り方を学び、

現在は遊びつつ、野生児を目指しています。


そう、このオラウータンにも

また個別的で代替不可能な

量では測りきれない質的な

「人生の物語」があるのです。


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机の上で統計をまわして、

統計学的な結果」を出す伝統的な疫学に

個人的な抵抗感があり、

統計をまわすときは必ず現場に行き、

その雰囲気を体感しつつ、

現場の人の直感を聞くことで、

エラーではない、

正しい結果を導くように心がけています。

(これは自分の信念です。)


また仕事上、生活の中心が

「数字」と「論理」になることが多いので、

「物語」の大切さを忘れないように

いつも「物語」を読むように心がけています。


自分のカバンの中では

SPSS(統計ソフト)のデータがつまったPCと

数冊の紙でできた、たくさんの小説が

何の違和感もなく共存しています。


今回の滞在では

村上春樹翻訳の恋愛短編小説集

「恋しくて」を

熱帯雨林と青白のビーチがある

マレーシアの大自然の中で

まったり熟読する幸せに恵まれました。


恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES

恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES


村上春樹が選ぶ

10個の恋愛ショートストーリーは、

しっとりと美しく、

意味不明なものから

個人的な恋愛の苦い感情が喚起されるものまで、

気持ちが物語によって心地よく揺さぶられる

最高の恋愛「物語」を提供してくれる本でした。


好きという気持ちや嫉妬、

さまざまな感情を中心として生きる人間は、

結局、「物語」ることによってしか

表現していく方法はないのでしょう。


自分の中では

「測定できないもの=物語=看護=村上春樹

という構図が成り立つのです。


「物語としての人間」

に光を当て続ける村上春樹

どこまでも看護的であると感じられます。


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村上春樹はこの本の中で

こう記述しています。


「そして、

 そのような(人を恋する)心持ちの記憶は、

 時として冷え冷えとする我々の人生を、

 暗がりの中のたき火のように

 ほんのりと温めてくれたりもする。

 

 そういう意味でも恋愛というのは

 できるうちにせっせとしておいた方が

 良いのかもしれない。

 

 大変かもしれないけれど、

 そういう苦労をするだけの価値は

 十分あるような気がする。」


恋愛も看護も人生も

大変だけど、そういう苦労をするだけの価値は

十分あるような気が、ぼくもします。


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そして、看護は

「物語としての人間」に焦点を当てているので、

自分の人生や出来事、つまり自分の物語から

自然と「物語=看護」を学ぶこともまた

学校や臨床で「理論=看護」を学ぶことと

同じくらい大切だと思うのです。


「大学や看護に縛られずに

 自由に生きてみろ。

 たまには恋愛して、

 いっぱい苦労して。

 そしたら、きっと看護が

 自然と深く理解できるようになるよ。」


大学の卒業時に

疫学の先生からもらった印象的な言葉です。


つまり、

ナウシカをDVDで見ることも

村上春樹をビーチで読むことも

自分の恋愛で打ちのめされることも

すべてが「物語」であり、

「看護」の視点であり

「看護」の源基形態だと思うのです。


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自分自身も救急という

医療行為が中心となり

尊厳が優先されにくい現場だから

患者の仕事や家族、生活状況の詳細など

細かな「人生の物語」を聞いて

ていねいにカルテに書くようにしてました。


その行為は、

すべての物語への敬意があったからであり、

そのカルテはアメリカ帰りの医師たちからも

「本物の看護であり医療だ」と

絶大な支持を得ていました。


もちろん、看護師からは、

そんな無駄な記述は書くなと言われていて、

逆説的で興味深かったです。


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物語としての思想は

すべて、この本に書いてあります。


村上春樹の小説は読みやすいので、

簡単に表面だけ読むことも可能ですが、

この本を読んだあとに、

村上春樹の小説を読むと

「物語」に対するとてつもない敬意と

「物語」に対する思想の言語化が

すべてを圧倒してくれます。


たぶん、現代で一番の

「看護における質的研究の教科書」

だと思います。



「夢を見るために、毎朝ぼくは目覚めるのです。」

すべての日常が夢であり、物語なのです。


物語るとは一体何なのか、

村上春樹は小説を書くことによって

何をしたいのか

すべてが理論的にわかるインタビュー集です。


閉ざされた物語への嫌悪も表現されており、

開かれた物語でひとびとを救っていく

というのは「看護」そのものでしょう。


「看護における質的研究」として

現在最高だと思われるのも

村上春樹の「アンダーグランド」です。


地下鉄サリン事件の被害に遭った人が

紡ぎ出した人生と事件の「物語」を

正しい、まちがっているを抜きにして、

ただひたすら記述した本です。


アンダーグラウンド (講談社文庫)

アンダーグラウンド (講談社文庫)


村上春樹は一言も発していないのに、

事件の概要とかなしさが

自然とつかめるようになっており、

カテゴリー化や抽象概念化していないのに、

読む終わると誰にも自然と内容の軸と主題が

明確につかむことができる最高の質的研究です。


ぼくもこの本を読んで初めて、

「データをもって語らしめる」

という質的研究の本質を体感できました。


専門的に言えば、

個々の物語を集めて「周辺」を記述することにより、

その「中心」にある出来事と本質が

自然と立体的に立ち上がってくる

ということです。


海外で質的研究方法を教える時は

この英語バージョンを教科書として

質的研究と看護の本質の親和性について

議論するようにしています。


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統計もしっかり学んでほしいな、

質的研究も妥当な方法を用いて、

バラツキをなくしてほしいなと

思いますが、


まずは「物語」に対して敬意を払い、

自分の恋愛や旅、さまざまなことから

自分自身もまた「人生の物語」を

紡ぎ出す張本人であることを自覚し、

他人が紡ぎ出した「人生の物語」に

耳を傾け続けるのが「看護」なんだ

ということに気づいてほしいと思います。


恋愛も看護も人生も

大変だけど、そういう苦労をするだけの価値は

十分あるような気が、ぼくもします。


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