NEW NURSING

世界で活躍する疫学者が日本の医療について議論する記事です。

NEXT Health Care

次世代の医療へ

看護教育2

今週はひさびさに忙しく、

東京のサラリーマンより長く働いた気がします。

 

疫学と医療統計の人材不足は深刻で、

ありとあらゆるデータを解析していました。

 

誰か疫学者・医療統計学者になりませんか?

(数学が必要なのが、残念なところですが。)

 

さて、今回は前回に引き続き

「看護教育」を議論したいと思います。

 

テーマは

「看護教育の限界を知る」

です。

 

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学生時代は、授業がつまらなくて

看護教員を相当DISっていましたが、

講師業をやってみて始めて、

看護教育の大変さがわかりました。

 

「看護教員の99%は献身的に働いている」

 

このように考えており、頭が下がる思いで、

予備校教師の100倍尊敬しています。

 

ただ、ここで注意が必要なのは、

「献身的な看護教育が、

 いい教育結果につながるわけではない」

ということです。

 

精神論や感情論を差し置いて、

冷静に教育しないといけません。

 

今回は看護教員に向けて、

5つの提言をしたいと思います。

 

  • すべての学生が良い看護師になれるわけではない
  • 学生に、古い価値観や看護を押しつけてはいけない
  • 講義は、解剖・生理・疾患に特化して、看護はあえて教えない
  • 看護教員は、授業・実習・学生指導すべてをできる必要はない
  • まずは、看護教員の仕事を全力で減らしなさい

 

「看護教育は万能ではありません。」

 

また残念ながら、

看護教育は、看護教員が思っているほど、

大きな効果はありません。

 

結局、学生本人しだいです。 

 

看護教育に対する幻想を捨てて、

現実的になることが一番大切です。

 

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  • すべての学生が良い看護師になれるわけではない

 

当たり前すぎる事実です。

誰もが同意する事実です。

 

しかし、看護教員は献身的すぎて、

いつしか、この事実を忘れてしまいます。

 

「なんとか卒業はさせてあげたい」

「このままだと、いい看護師になれない」

といつのまにか、

「看護教育で、人間すべてを変えられる」

という錯覚に陥り、また責任も感じてしまいます。

 

さらに悪いことに、錯覚から傲慢となり、

学生に過剰に介入して、学生がドン引きします。

 

「看護教育で

 人間性を教えることは到底不可能です。」

 

もちろん、僕自身も

人間性を教えられたら、どんなにいいかと思います。

 

だけど、それは現実的な方法として不可能であり、

看護教育の限界を知らないと傲慢になり、

価値観の一方的な押し付けが発生してしまいます。

 

だから、看護教育の目的を絞りましょう。

 

看護に関する知識と技術、

そして少しの社会性のみに焦点を当てるべきです。

 

自分の講義では、

人間性や看護観に関する言及を

意図的に一切排除しています。

 

人間性や看護観という曖昧な教育はしてはいけません。

 

人によって価値観が異なりすぎるので、

どうしても押し付けるという形になってしまいます。

 

学生たちは、その古い教育にうんざりしています。

 

人間性や看護観は、教えられるものではなく、

自分でいろいろと体験して、結果としてみつかるものです。

 

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また非常に厳しい表現ですが、

どんなに努力しようが、結果が全てです。

 

どんなに学生ががんばっても

結果が出なければ、留年とすべきです。

 

気持ちや想いで、人は救えません。

結果を出さないと人の命は救えません。

 

そもそも能力が異なるのに、

同じ年数で卒業できる方がおかしいです。

 

ゆっくりが適切な学生もいます。

 

その学生には「ゆっくりでいいんだよ」と

自分のペースを認めてあげることです。 

 

何よりもまず、非常につらいですが、

「すべての学生がよい看護師になれるわけでない」

という事実に、もう一度向き合ってください。

 

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  • 学生に、古い価値観や看護を押しつけてはいけない

 

今は公衆衛生にいるので、超自由な文化ですが、

やっぱり看護教育の文化・雰囲気は非常に独特です。

 

学生と話すと、看護教員は

「看護師はこうあるべき」という

価値観の押し付けが強く、

そこが一番嫌いであり、

また看護も嫌いになったと言われます。

 

自分はいつも講義の中で、

「看護教員は、患者のニーズや個別性とか指導するわりに、

 自分は、学生のニーズと個別性をガン無視しているよね!」

と皮肉をいうと、学生はみな、うなずいて大爆笑します。

 

今の時代、「看護師になりたい!」と

昔みたいに熱い思いで入学してくる学生は

おそらく、10%未満だと思います。

 

学生は、今の不安定な世の中をよく見ていて、

「看護師は、病院で働けて安定している仕事」

と純粋に、仕事のひとつとして選択しています。

 

誰も人間性とか、熱い看護観を求めてはいません。

実践的で効率的な、知識と技術の教育を求めています。

 

国家試験は、必ず受かりたいけど、

「看護師として一生は働く気はないかなー」と

非常にクールで現実的です。

 

それでいいんです。

 

看護師になったからと言って、

看護に人生を縛られる必要は全くないはずです。

 

自分の講義では、

「看護師免許はツールであり、人生ではないからね。」

「辞めたくなったら、早く辞めた方がいいよー。」

「スタバでバリスタやりたいよね。おれも考えてる(笑)」

と学校で受けた洗脳を取り除くところから始めます。

 

ここに大きな世代間ギャップがあり、

この現代的な学生のニーズを無視して教育しているので

昔の熱い看護がいまだに教えられて、学生が嫌になっていきます。

 

時代は変わりました。

看護教員が変わらなければならない時代です。

 

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そして、

クールな学生に火をつけるのが

本物の看護教員の仕事です。

 

ちなみに、自分は、たった1日の授業で、

「看護師免許さえ取れればいいや」と思っている学生を

「看護に熱い思いを持てる学生」へと変えることができます。

 

だから、日本で一番なのです。

 

価値観を押し付けるのではなく、

価値観を自然と芽生えさせるのがプロフェッショナルです。

 

個性を伸ばさなくていいんです。

むしろ、個性が伸びる邪魔をしないことです。

 

看護観の議論もいりません。

 

自分が大切にしたい看護はあるにしても、

それを看護観としてしまうと

患者のニーズを無視して、それを押し付けてしまいます。

  

学生に古い価値観や看護観を押し付けないでください。

学生たちは本当に、それで苦しんでいます。

 

まずは、自分も含めて看護教員が

学生のニーズをアセスメントするところから始めましょう。

 

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  • 講義は、解剖・生理・疾患に特化して、看護はあえて教えない

 

逆説的ですが、看護を教えていけません。

 

看護の際に必要となる道具である

知識と技術のみを教えるべきです。

 

その知識と技術を使って、

学生自らが看護を組み立てていきます。

 

講義では、ひたすら論理的に

「解剖・生理・病理」を解説していきますが、

 「看護」を教えることは、あえてしていません。

 

もちろん、

具体的な症例を口頭で語ることはありますが。

 

この理由は、2つあります。

 

まずは、学生の一番弱い領域が、

「解剖・生理・病理」だからです。

 

これは、完全に学校の責任です。

 

これらの基礎医学系の授業は、

関連病院の医師や近くの教授がきて、

意味不明な、つまらない授業をして、

やたら難しいテストをして終了となります(笑)

 

学生は、何も理解せず、覚えてもいません。

 

ただの時間、労力、お金の無駄です。

 

看護教員も論理的に

基礎医学を教えれる人は少数です。

 

なので、ここを繰り返し指導して、

しっかりとフォローする必要があります。

 

看護を教える前に、

教えなければならないことがあります。

 

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次に、この基礎さえ作ってしまえば、

学生は自分で論理的に

「看護」を導けるようになります。

 

特に、学生は自分で

「解剖・生理・病理と看護がつながった時」が

勉強を一番楽しく感じる瞬間であり

今後のモチベーションとなるのです。

 

この自分で発見する機会を、

ネタバレ的に、先に答えを教えることで

奪っては絶対いけないし、

ここにたどり着く土台を

しっかり作らないといけません。

 

だから、解剖・生理・疾患に特化して、

看護はあえて教えない方が効果的なのです。

 

「この疾患には、この看護が必要」と

分厚い看護計画の本を使っている授業は、

学生が論理的な思考を学ぶ機会を奪っています。

 

例えば、

再生不良性貧血」を考えてみましょう。

 

再生不良性貧血は、

骨髄疾患で汎血球減少を呈するので、

# 赤血球が減少して貧血

# 白血球が減少して易感染

# 血小板が減少して出血傾向

となることを論理的に解説します。

 

あとは学生に

「ここでどんな看護が必要?」

と聞くだけです。

 

するとほとんどの学生は

論理的に、自分で正しい看護を導きます。

 

「貧血だから、ADL制限とモニタリング、あとは栄養かな。」

「再生不良性の貧血だけど、もしかしてクリーンルーム?」

「転倒したら大出血しちゃうから、転倒予防もしないと。」

 

最後を1点をあえて学生に考えさせるのです。 

 

そうすると、看護の論理が身につき、

どの病棟に行っても、どんな疾患でも

自分で看護を導くことができようになります。

 

看護を教えるのではなく、

看護を導く「土台」と「論理」を教えるべきなのです。

 

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  • 看護教員は、授業・実習・学生指導すべてをできる必要はない

 

次は、看護教員の仕事に対する提言です。

 

看護「教育」万能説を捨てた後は、

看護「教員」万能説も捨てるべきです。

 

少し脇道にそれますが、なぜ看護の人は

「完璧主義」「平等主義」が多いのでしょうか。

 

病棟の看護師も、学校の看護教員も

「すべてをバランス良く、完璧にこなすこと」

が求めらます。それは、完全に無理難題です(笑)

 

人材には、必ず強みと弱みがあり、

すべての業務をバランスよくできることは稀で、

また完璧になる必要もないし、完璧になれません。

 

自分は家族介入が下手くそだったので、

いつも家族ケアがうまい同僚にお願いしていました。

 

その代わり、自分は基礎医学が好きだったので、

同僚の受け持ち患者の血ガスや画像を緻密に読んで、

そのフィールドバックで、借りを返していました。

 

チームでバランスをとればいいんです。

強みを生かすチームマネジメントが必要です。

 

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すべての教員が

授業・実習・学生指導をできるというのは幻想です。

 

そして、すべての教員が

授業・実習・学生指導をうまくできる必要もありません。

 

実習指導が上手い人もいれば、授業が意外と上手い人もいます。

あまりぱっとしないけれども、学生から慕われている人もいます。

 

同じように、

チームとしてバランスをとれば良い話で、

強みに特化したシステムにすべきです。

 

適材適所を見極めて、

授業をする教員は、ひたすら授業

実習にいく教員は、ひたすら実習

みたいな形で効率化する必要があります。

 

同じことを短期間で繰り返すと能力が伸びるし、

総合的な能力開発のために数年毎にローテートします。

 

「実習」から急いで帰ってきて「授業」

夕方には「学生指導」なんて

構造的にすべて中途半端になります。

 

また教員間の仕事は、不平等でいいんです。

 

不平等を不平等に見せないようにして、

すべての看護教員のモチベーションを

向上させることが管理者の仕事です。

 

ちなみに自分は、

実習指導や学生指導はまったくできません。

 

だけど、偉そうにしないので、

学生からは「ユイトさー」と

「授業中」にタメ口で話しかけられます(笑)

 

看護「教育」万能説を捨てた後は、

看護「教員」万能説も捨てましょう。

 

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  • まずは、看護教員の仕事を全力で減らしなさい

 

声を大にして言いたいです。

看護教員は働きすぎです。

 

そして、責任を感じすぎです。

もっと気楽でいいんです。

 

学生の人生を背負う必要はないし、

教員として完璧になる必要もないです。

 

自分はよく、200人相手の授業3分前まで

ケータイで、youtube見て大爆笑していました(笑)

(事務から真面目によく注意されました。)

 

残念ながら、仕事のほとんどは無駄です。

意味のない仕事は最大限に減らしましょう。

あった方がいいものは、大抵なくてもいいものです。

 

看護教員にこそ、

まずは自分の生活を第一に大切にしてほしいです。

 

そして、

「今の時代、自分たちの学校の資源だけでは、

 卒前の看護すべて教えることは到底不可能である」

ことを認識しなければなりません。

 

医学の知識は、

この7年で2倍以上になったのに、

看護教育は3年(4年)のままです。

 

時間・カリキュラム・教員数など資源は限られており、

この時代に学校だけで看護を教えることは無理です。

 

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だから、積極的に外の資源を利用すべきです。

 

「講義で、他職種連携と言っている教員が

 実は一番、他職種連携をできてない。」

 

なぜか自分たちの教育やカリキュラムだけで

基礎教育すべてを教えようとしていて

つまり自分たちで教育を完結させようとして

学生も教員も疲弊して困っている現状です。

 

どんどん仕事を外注して、

仕事を減らすことが望ましいです。

 

もちろん、外注した仕事の質は

積極的に管理する必要があります。

 

そもそも実習すべてに

看護教員がつきそう必要はあるのか?

 

学生のみで実習させて、厳しい現場に揉まれた方が

学生も自律するし、現場をより理解できるのでは?

 

そもそも看護教員が講義する必要あるの?

  

卒業生や実習先の病院の看護師に

講義を依頼することが必要だと思います。

 

教員としては、仕事がかなり減るし、

学生としては、教員による授業は新鮮味ないし、

現場のリアルな写真とか症例あると盛り上がるし、

講義をすることで現場の看護師教育になります。

 

さらに基礎医学の講義なんて、

すべて無料のオンラインでいいし、

その環境なら授業がうまい講師なんて

日本に一人いれば成り立ちます。

 

学生は授業前に無料のオンライン講義を見て、

それをもとに、学校で教員と議論して

知識を確認して、深めていくだけです。

 

看護協会がなぜこれをやらないか不明です。

 

また大量のレポート提出も

今の学生にあっていません。

 

「看護教員と看護学生がレポートで大量に紙を消費して、

 二酸化炭素を大量に放出して地球温暖化に貢献している件」

という話をしても、学生たちは大爆笑です。

 

看護師の業務は効率が命です。

だったら、いかに短いレポートで

ポイントを押さえるかを学ばせるべきです。

 

そしたら、カルテも申し送りも

短くポイントを押さえたものになるはずです。

 

今の教育システムをゼロから見直して、

インパクトのある教育方法のみに絞るべきです。

 

そのためには

教育アウトカムを測定する必要があります。

 

繰り返します。

 

看護教員は自分と学生のために、

看護教員の仕事を、全力で減らしなさい。

 

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  • すべての学生が良い看護師になれるわけではない
  • 学生に、古い価値観や看護を押しつけてはいけない
  • 講義は、解剖・生理・疾患に特化して、看護はあえて教えない
  • 看護教員は、授業・実習・学生指導すべてをできる必要はない
  • まずは、看護教員の仕事を全力で減らしなさい

 

ということで、

「看護教育の限界を知る」

 でした。

 

「看護教員の99%は献身的に働いている」

 と尊敬していますが、

「献身的な看護教育が、

 いい教育結果につながるわけではない」

という議論でした。

 

同意できなくても大丈夫です。

ただ、こういう本質的な議論が必要です。

 

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個人的には自分の言いたいことを言えて、

けっこうな「神回」になったと思いますが、

どうだったでしょうか?

 

若手の教員や学生に

同意してもらえるとうれしいです。

 

この記事は、

「今の看護教育に苦しんでいる教員や学生を

 一人でも多く救うために長々と書きました。」

 

だから、同じ境遇の人がいたら、

この記事を教えたり、シェアしてみて下さい。

 

この記事が、少しでも救いになれば本望です。

 

実は、けっこう書くのが、大変な記事でした(笑)

 

いやいや、今週は本当に大変だったー。

週末は毎日サーフィンでリフレッシュしてきます。

 

次回もまた「看護教育」続きます。 

 

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