NEW NURSING

世界で活躍する疫学者が日本の医療について議論する記事です。

NEXT Health Care

次世代の医療へ

急性・重症患者専門看護師1

やっとワイキキにも夏らしい大きい波が来て、

いつものアラモアナもすごいことになっていました。

 

みんなで興奮して海に入りましたが、

波が大きすぎて誰も乗れないという結果。

 

けど、自然の恵みに感謝です。

 

今回は、メールにて多くの問い合わせを頂いた

「急性・重症患者専門看護師(CNS)」

にインタビューして、そのキャリアを聞いてみました。

 

まずは、バイアスなしで読んでみて下さい。

けっこう長いので、2回に分けて載せます。

 

以下、Y)がYuito、D)がCNSの発言です。

 

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Y)自己紹介をお願いします。

 

D)Dです。男性で、年齢は30代半ば?

出身は、群馬県桐生市です。

ほら、西の西陣、東の桐生って言うでしょ。

今は大学病院に勤めてます。

 

Y)???相変わらずの流れで安心するわ(笑)

桐生の位置は漠然としかわからないけど(笑)

あれ、今は急性期CNS何年目だっけ?

 

急性・重症患者専門看護師ね。

CCNS。今年で6年目。

なんとか、やっと1回目の更新を終えて、

まだまだ自分のキャリアで

「10年目の自分を考えないと」って思っている

真っ最中のものです(笑)

 

Y)ほほー、なるほどね。

まずは、時系列にキャリアから聞いていこうかな。

Dのスタートは准看でしょ?これはすごい。

 

D)そうそう、スタートは准看なんだよね。

専門看護師っていうと、

大卒で当然と思われることも多いんだけどね。

 

田舎だったし、現実的に専門学校や短大も

女性のみってとこも多かった時代だからね。

 

上の世代とか同じ世代の男性は、

意外と准看スタートも多い時代だったよね。

田舎は特に。

 

自分以外にも、

ごく1、2名だけど大学院にもいたよね。

 

って言いながらも、

マジで勉強が得意じゃなかったから。

言い訳かも。

大学行かなかったのは、行けなかったから?(笑)

 

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Y)准看時代の苦労話が、

大学院の時に衝撃的だったんだけど。

 

D)それなりに「苦労」はしたね。

でも苦労っていっても、大学進学で頑張っていた人も

センター試験とか受験とかで、色々苦労していたでしょ?

 

だから、今となると、その「苦労」って

一体、何なんだろうかなって思うよ。

 

まあ、それはさておき。

 

それで准看学生の時代はね、

正看護師、准看護師、看護助手のヒエラルキー構造が

バリバリあって、その一番下って感じでね。

めっちゃ怖い正看の先輩とか、

「**さん」なんて名前で呼ぼうもんなら、

「名前じゃなくて、看護婦さん、って呼びなさい」とか

すげー、衝撃的だったこともあったよ。マジで(笑)

 

いじめと言うか、雑務ばっかりで、

いろいろ葛藤はあったよね。

 

なので、看護職としてのアイデンティティ

持てなかった時間は多かったかな。正直なところ。

 

Y)便器でも洗ってろと言われる業務の日々。

 

そうそう。ある日ね、先輩から言われたのさ。

まあ、暇していた自分も悪かったんだけどね。

「なめても平気なくらい綺麗にしとけ」って怒られて。

 

今じゃ結構「放送コード」に

引っかかりそうなくらいの出来事だよね(笑)

 

けど、今となっては、そういう体験があるから

今の自分があるわけで、本当に感謝しているね。

 

その先輩は、今思えば不器用だったんだろうけど、

本気で大事な仕事、教えてくれたんでしょ?

拡大解釈すればだけど(笑)

 

でも、今やそういう「The 怖い」っていう先輩も

いなくなったよね。

 

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Y)そのあとは、正看の学校に?

 

D)働きながら、

昼間の定時制の3年間の学校に通ったね。

午前中は病院で働きながら、

午後は学校に行って授業。

 

学校に行かせてもらっていたので、

その分、赤日(日曜、祭日の事)しか休めなかった。

 

平日は、夕方また職場に戻って食事介助とかね。

准看学生の頃は精神科で、

准看とってからは一般病院で働いてた。

 

その頃は男=精神科、まれに手術室、外科系、

あとは療養系ってイメージが主流だったね。

 

Y)で、東京に出てきたと。

専門看護師はいつから考えた?

 

D)23歳で正看護師の資格をとってから上京して。

大学病院でICUとCCUで働いていた。

勉強は相当大変だったけど、あと時の勉強で今がある。

 

当時は認定看護師(CN)が出てきた時期?

っていうか、認知され始めた時代で、

自分としてはある意味、学歴コンプレックスがあったから、

まずは、大卒を取ろうと考えたね。

 

だって、同じ仕事しているのに、

給料が月1万円も違うわけでしょ?

 

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Y)何も考えずに大卒世代としては頭が下がります。

2、3年スパンでコンスタントに行動してるよね。

 

D)そうだね。臨床3年やって、通信制の大学に。

みんな「2年じゃ絶対とれない」

と通説のように言ってたけど、

それって誰が決めたんだよって、思ったね。

 

2年で終わらせて、例の学歴コンプレックスもあり、

さらに上のライセンスを目指そうと思って。

 

そこから大学院を考え始めたかな。

 

親には「今更、夢見る夢子か?」

って、よく突っ込まれてた(笑)

 

Y)男は悔しさが力になるしね。

大学院はどうやって決めた?

 

D)大学院を考え始めて、

やっぱり自分としては現場の実践を学びたかったから

現実的にはCNSコースかなって考えたね。

 

でも相当、漠然としてだよ。

だって、認定?専門?って何?

よくわからなかったし。

 

その頃マジで、

自分のロールモデルを臨床で感じれなかったし、

まして、認定や専門の人たちの人数も少なかったし、

まだまだ師長や主任がなってた時代でしょ?

 

現場レベルでは、何も感じなかったね。

研修の講師、**病棟の師長さん、すごいね、くらい。

 

ああ、でも場所によっては今もそうかもだね。

意外に認定や専門の人数は増えても、

分布は都心中心だしね。

だからみんな、キャリア構築で

悩んだりしているんだろうなー。

 

あ、でも都心の人も悩みは同じか。

すいません、まだまだ自分たちの働きが(苦笑)

 

こういう風にCNSを知れる機会は

これからどんどん、色々な形で、

いろいろな場で増えるといいよね。

 

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進学に関してはね、

自分はいろいろ人に積極的に聞いたよね。

関連の本も読んだし、

いろいろな先生にもアポとって会ったり。

 

その経過の中で、

今の自分のメンターの1人である先輩に出会って、

「勉強するならここがいいぞって。」ってことで、

CCNSコースを開設する大学院を紹介してもらって。

 

これ以外にもいくつか当たっていたんだけどね。

情報も少ない中だったんで、

先人の意見を参考にしてみたんだ。

 

それがS大学院だったって話。

本当に偶然だったね。

 

キャリア開発には、

このような良きメンターに出会うことや

良くも悪くも手本となるロールモデルの先輩

がいる重要性は、すごく感じるね。

 

今は、感謝しかないけどね。

 

人と人との繋がりって、

偶然でも必然でもなんでもいいんだけど、

ホント財産になるね。

 

これからは、自分も色々な意味で、

良きメンターの1人になれること

を課題にしているよ。

 

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Y)なるほどね。入試も院生時代も大変だったでしょ?

 

D)それは、それは、かなりね(笑)

受験科目は、英語、専門科目、小論文、面接で、

専門科目は呼吸器の離脱とかの論述だったけど、

英語がね。ガチだったからほんと大変だった。

 

問題が本気の長文読解と要約、英作文だったし、

キャリア的に、ほとんど英語やってなかったから、

予備校行ったし、構文200系の本何冊も丸暗記したよね。

 

This is a pen.とか、to不定詞の活用方法、

過去、大過去、とか。そんなレベルからはじまって。

お恥ずかしい限りだけど。このことは内緒だよ(笑)

 

Y)マジかい(笑)見せないけど、相当な努力だよね。

 

D)ある意味、勢いで大学院行ったから、

学費や生活費はかなり大変だったよね。

 

当直バイトして、授業出て、当直バイト。

家賃も払わないといけなかったしね。

 

大学院に行くなら一旦退職だったから、余計ね。

計画性はお恥ずかしながらー、なくて。

 

でも、成人していたし、

親にどっぷり頼るっていうのも。

自分でやるって決めたことだしね。

 

努力はね、

「しなければいけない時期にしないといけないもの」

だって、相当反省したよ。

 

ほら、よく親が

「後悔しないために勉強しなさい」って。

その意味がこれかー、みたいな。時すでに遅し。

 

最終的には

「気合い」と「100円マック」で乗り越えました(笑)

 

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あ、でも金銭面は大丈夫。

 

情報をうまくキャッチすることは大切だけど、

都道府県や財団関連の奨学金制度も充実していて、

無利子や、まれに卒後従事で返還免除

なんていうタイプもあるから、

そういうのを十分活用することだよね。

 

あとは看護師資格を活かして、バイトもできるし。

学費払っても生きる術は絶対ある。

 

Y)大学院は行ってみてどうだった?

 

D)学問としての看護に、

初めて向きあえたことが本当に良かった。

 

とかいって、

何を学んだのかって聞かれるとー、困るけど(笑)

 

とにかく、

色々な学問に触れれたことがよかったかな。

看護管理とか看護教育、看護理論、研究法とか特にね。

最高の教授陣だったよね。

 

ただ、宇宙空間にきた感じで、毎日が必死でしたけどね(汗)

 

それと、いろんなキャリアの院生がいて、

大学院を修了したら、すぐに看護部長になるような人と

いろいろと議論できたことは、すごい経験だよね。

 

自分の無知さを知ったし、

逆にキャリアだけで語れるものだけではない、

というのも知ったしね。

 

いろいろな意味で強みと弱み、自分をよく知れたかな。

看護にはこれが結構役立っているよ。

エビデンス、ナラティブの狭間?っていうか。

 

とにかく、

何事も努力してベストを尽くせって意味がわかったかな。

 

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Y)大学院終わると、さらに上目指す人も多いじゃん。

同級生みんなは、厚労省とか博士とか

上に行くイメージだったけど、

Dだけは、なんか下に進んでいくイメージだった。

いい意味でね。さらに現場奥深くに降りていくかんじ。

これは勝手なイメージだけど(失礼)

 

D)実際、大学院まで行くと、

今までの自分が抱いていた学歴コンプレックスなんて、

本当に意味なかったな、って実感したよね。

 

さっきも言ったけど、

「努力は何か」という話になるけど、

人それぞれじゃんって。

 

色々なキャリアの人を見てそう感じたかな。

遠回り、近道とかって話をよく聞くけど、

距離は過ぎた年月なのかい?って。

 

そうじゃなくて、

その道のりを経て、今の自分に何が残っているか

ってことが一番だろって。そこに落ち着いた。

 

めっちゃ頭いい人でも、

人間的に無理、って人もいて。

 

あ、向こうもそう思ってたかも(笑)

 

ストレートに大学、大学院に行く人だって、

相当努力しているでしょ?

それってすごい財産だよね。

 

難解なことも、すごく合理的に解釈できるし、

すぐに解ける人も多くて、尊敬するね。

 

自分は、その努力の時間を

怠ったのは紛れもない事実で(苦笑)

 

でも、

自分が過ごしてきた時間もまた、

「無」じゃなかったよね。

 

今の自分を形成している1つ1つのパーツだし。

 

だからね、

いかにその時間、その時間を

自分にとって有意義に使えたかってのが、

時間の長さよりも大切かな。

 

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話はちょっとそれたけど、

一番感じたのはこれね。

 

「Pride(プライド)ではなく、

 Dignity(誇り)を持ちなさい」

という教え。

 

いつまでもプライドを捨てられないで、

過去の栄光や自負ばかりにとらわれすぎて、

そのプライドのせいで、

自分自身を制限してしまう人を多く見てきたからね。

 

このプライドも結構厄介で、

チームで医療を話し合うときに、

プライドが邪魔をするせいで、

主人公が患者や家族じゃなくなっている

ことも多く見受けるよね。

 

話の本質や問題の原因が、

いつの間にかにすり替わって

湾曲してしまっている、というか。

 

要するにさ、患者家族を目の前にして、

正直そんなものって必要?

って思ったんだよね。

 

最善のアウトカムを形成できる医療者が

一番安心するじゃんって。

 

よく分かるように話してくれて、

プロとして寄り添い、そばにいてくれて、

凄腕のプライド高い医療者より、

常にその中で最善を考えられる

人間くさい医療者が本当の意味で

良い人材だと気付いたんだよね。

 

准看での苦労や今までの経験が、

逆にこんなに役に立つとは思わなかったよね。

 

「便器を沢山洗えた機会をもらえたこと」

には、さすがに感謝だね。

 

だから、すべてに感謝しているよ、今は。

 

次へ続く。

※写真はすべてDのセレクトで、掲載許可済みです。

 

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<Yuitoのコメント>

 

まず初めに、

快くインタビューを引き受けてくれた

Dに最大限の感謝を送ります。

 

インタビューから

何回にも及ぶ原稿校正や確認まで、

忙しい中、快く付き合ってくれました。

 

ありがとう!

 

インタビューや写真っていいですね。

その人の「質」感が伝わってきます。

 

次に、今回の目的です。

 

それは、いろんな看護の分野にいる

一流の人材を知ってほしいということ。

 

日本の看護の世界でも

自分よりすごい人はたくさんいて、

ただそういう人たちは、

あまり表には出てきていません。

 

ましてや、

学会や論文でお堅く発言することはあっても

自分のキャリアや価値観を

自分の言葉で語った記事を

見つけられることは非常に稀です。

 

だけど、そういうキャリアや言葉が、

今の悩んでいる若手やキャリアップを志す人材に

一番必要なことで、希望になるのかなと感じています。

 

自分も聖路加時代、ひたすら有名教授陣に

「なぜ看護師になったのか」

「なぜそのキャリアを選択したのか」

「看護のこれからの可能性がどうなのか」

と授業中に手をあげて、

大きい声で聞いていました(笑)

 

そして、授業よりもその時の語りが

自分の道を切り開く光になりました。

 

だから、このプロジェクトを開始しました。

何か、刺激を受けてもらえると本望です。

 

最後に、Dについてです。

 

常に現場重視(Grounded)なので、

自分にないものを持っていて、

いつもインスピレーションをもらっています。

 

人間的にも素直でおもしろいヤツで、

先月、日本に帰国した際に

一緒に美味いちゃんこ鍋を食いに行ったのですが、

ひたすら筋トレの話をしていました(笑)

 

実際、このインタビューで

お互いひさびさに真面目な話をしました(笑)

 

専門看護師も制度ができて長いですが、

自分たちのアウトカムをどう評価するのか、

自分たちは次のキャリアをどうしたらいいのか、

また新しい壁に当たっており、

若手も実際、専門看護師ってどうなの?

と感じており、その両方を

わかりやすく素直に語ってくれるDに

今回、声をかけた流れになります。

 

結果、自分でも

いい企画になったと自負しております(笑)

 

また、何かDに聞きたいことがあれば、

コメント欄や自分へのメールでお待ちしてます。

 

また次の回では、

もっと深い話になるので期待してて下さい。

 

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