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NEW NURSING

世界で活躍する疫学者が日本の医療について議論する記事です。

NEXT Health Care

次世代の医療へ

エルサレム2

引き続き、聖地エルサレムです。


ヨルダン側の国境を出ると

20分くらいでイスラエル側の国境に入ります。


この間の数kmは停戦区間として厳戒態勢であり、

イスラエル側の国境には装甲車や機関銃、

完全武装の兵士がおり、厳しい雰囲気が伝わってきます。


観光や聖地とはまったく異なった印象です。


この近辺には、

ヨルダンイスラエルにまたがって

パレスチナ難民」が住んでいます。


今でも疎外を余儀なくされ、

やっと自治区として認められたのですが、

イスラエルパレスチナの名残りがあり

かれらは移動バスも自分たちとは別で、

荷物は個別輸送でさらにチェックが厳しくされており、

歴史の積み重ねを感じてしまいます。


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普通の人でも入国審査も厳しく(もはや尋問)

・なぜイスラエルに来たのか

・ホテルの予約表を見せろ

・仕事は何をしているのか

・家族構成を述べよ

など、容赦なく聞いてきます。


中東・アフリカ系のスタンプばかりの自分は、

完全に怪しいテロリスト関係者に見えるので、

別の部屋に連れて行かれて、みっちり探られます。


予想されたシナリオなので、

招待状や用意しておいたIDカードを見せると

入国審査でも口出しできなくなり、

「絶対エルサレム以外行くなよ!」

と投げやりに言われ

「絶対、パレスチナ自治区行くし。」

と内心思いつつ、

「サンキュー」と笑顔で爽快に入国審査を抜けます。


入国審査がどこの国でも一番気を使いますね。

堂々としていますが、内心はいつもヒヤヒヤです。


乗り合いタクシーに乗り、

1時間くらいでエルサレムに着きます。


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今回の目的は、当時のノートによると3つでした。

1)キリスト教と看護との関連を考察する

2)パレスチナ自治区に行き、医療状態を調べる

3)ユダヤ教の思考と生活習慣を知る


旅先では、常にモレスキンというノートを持ち、

ひたすら思う事を書いています。


常に孤独ですし、紛争地という性質上、

リーダーとして常に冷静に

判断し続けなければなりません。


かすかな情報を見逃さずに、

かつ常に自分を内省するために

ひたすら日本語でメモしています。


自分の感情をコントロールすることができない人が

チームや患者の感情をコントロールすることはできません。


よく看護師が日常の仕事で

感情にムラがある人がいますが、

そういう人は社会人として

「イチから」やり直すべきです。

看護師としてではなく、社会人として。


自分よりもチームとして

最大限の成果を出せるように

自分の役割を決めていくのが

チームアプローチの大原則です。


感情がコントロールできない人は

チームメンバーになることはできません。


リーダーシップとは、

感情も含めた全人格による

セルフマネジメントが原点です。


日本の看護文化や看護管理は

世界に比べて、このリーダーシップ教育が

大きく遅れているように思います。


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上の写真がエルサレムの旧市街の町並みです。

前に見える「黄金のドーム」がイスラム教の聖地で

予言者ムハンマドが昇天した岩が内部にあります。


左の十字架が見える教会のさらに左には

キリスト教の聖地である「聖墳墓教会」があり、

預言者イエスが処刑された場所で、現在は墓があります。


この写真では見えませんが右の方には

ユダヤ教の国家であったエルサレム神殿の名残である

嘆きの壁」があり、ユダヤ教の聖地となっております。


すべては半径数kmの

城壁に囲まれた同じ旧市街にあります。


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イスラエルは物価が日本より高く、

水やご飯が高く、ホテル代2万円以上します。


どうしても旧市街内部に泊まりたかったので、

格安で汚いドミトリーに泊まりました。


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アフリカ留学から人生観が変わり、

コテコテの干していない布団がある

汚いところでも最大限に爆睡でき、

ゴキブリが出る水が少ししか出ないシャワーでも

快適に全身をキレイにすることができます(笑)


人間傲慢になっては終わりなので、

年に数回はこういう汚いところにあえて泊まり、

昔を思い出すようにしています。


電気も水もなかったけど、泣きながら、

ろうそくで勉強していた原点を思い出して、

今の自分はまだまだ実力ないけど

贅沢主義で傲慢だよねと反省します。


いや、ほんと仕事していると

気づいたら偉そうにしている自分がいます(笑)


人生いつの間にか

大切なものを見失ってしまいますからね。


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同じ部屋の人たちは

みな熱心なユダヤ教徒で、

アメリカやヨーロッパから巡礼に来ていました。


旧約聖書を持ち、真っ黒な正装で

毎日熱心に祈祷を行っており、

素人な自分にユダヤ教の思考や生活を

丁寧に教えてくれて勉強になりました。


こういう出会いが自分を相対化してくれて、

また視野が広がり、とても心地よいですね。


1) キリスト教と看護


自分は、世界どこに行けども、

「看護とキリスト教は常に同じ場所に在る」

ことに強い興味を持っていました。


アフリカなどでは、シスター(修道士)が

看護教育から看護管理までを仕切っており、

ナイチンゲール以上に、

聖母マリア信仰が非常に強いのが特徴的です。


聖母マリアは、看護の概念が形成される上で

 どのようなインパクトを与えたのか」

という問いをずっと自分の中で立てています。


また、その答えは、

「母マリアとイエスが最後に会う場面」

にあるという仮説を持っており、

今回はそれを確かめる旅なのです。


要するに

看護に出てくる「愛」って何?

という話です。


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自分はクリスチャンではありませんが、

看護のおかけで非常にキリスト教には馴染みがあり、

新約聖書とその解説本で勉強して、

朝早く静かな時間にゆっくりと

イエスが最後に歩んだ道を同じように歩んで行きます。


上の写真にあるような小道です。


イエスが最後に歩んだ道は

悲しみの道(Via Dolorosa)と呼ばれており、

出発点は総督ピラトの家であり、

終着点はゴルゴダの丘になります。


その間に、14留の有名な場所があります。


1:イエス、処刑判決を受ける。

2:イエス、十字架を背負わされる。

3:イエス、十字架の重みで倒れる。

4:母マリアがイエスに会う。

5:シモンがイエスに代わって十字架を背負う。

6:ヴェロニカがイエスの顔を拭く。

7:イエス、2度倒れる。

8:イエス、泣き悲しむ女性を慰める。

9:イエス、3度倒れる。

10:イエス、衣を脱がされる。

11:イエス、十字架に張り付けられる。

12:イエス、十字架の上で行きを引き取る。

13:ヨセフがイエスの遺体を引き取る。

14:イエス、埋葬される。


むち打ちをされて、

重い十字架を背負って、罵声の中を

ひとり孤独に坂を登って行きます。


何も感じないかなと思っていましたが、

静かな朝で、本当に神秘的な空間であり、

イエスが2000年前に歩んだ道を

今自分が歩いているか思うと

本当に感慨深く、何とも言えない感情になりました。


すべての人間の罪を背負って歩いた道であり、

個人的は、8留でイエスが語った言葉

「わたしのために泣くな。自分と自分の子供のために泣け。」

は「苦痛からの未来へのまなざし」として

非常に示唆に富んでおり、教えられることが多い箇所です。


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そして、4留には上記のように

母マリアが十字架を背負って歩くイエスに

最後に会う場所ですが、聖書に具体的な記述はありません。


ただ自分はここが

「看護の概念形成における重要な始発点」

だと思うのです。


いろいろな説を考慮して、

一緒にイメージしてみましょう。


母マリアにとって、

自分の愛する子であるイエスがむち打ちされたあげく、

自らが打ち付けられる十字架を背負いながら

罵倒の中を処刑に向かって歩いていくわけです。


これ以上の母親として苦痛はないでしょう。


しかし、

母マリアは最後にそのイエスを見て、

何も言わずに、ただ手を握り、

「わたしはいつも、あなたとともにいるわ。」

という温かなまなざしを向けたと言われています。

(このアルメニア教会曰く)


そして、イエスはそのまま満ち足りたように

また悲しみの道を、自分の運命を歩いていきます。


何を言うのでもなく、

苦痛に耐えて運命を進んでいく人に

言葉でもなく、具体的なケアでもなく

「まなざし」で包容していく。


まさにこれが

「看護が初めて概念として形成された瞬間」

だったと言えるでしょう。


もちろん、それまでも看護的な事は、

たくさんあったと思います。


しかし、

「他者に対する原則的な視点」として

「概念としての看護」が非常に良く象徴されたのは、

この物語が初めてだと思います。


つまり、この場面で初めて、

「母性」から「看護の概念」が

わずかに解離したのです。


それは、母と子の関係性に加えて、

対等なひとりの人間として、

その人の人生を尊重して、

「あなたとともにいるわ」と存在をともにするという概念です。


この「愛」としか呼べない思考が

時を経て、「看護」と呼ばれ、

「ケア」をいう行為に具体化され、

世界を支えていく存在となるのです。


もちろん、この後も1900年近く、

ナイチンゲールも含めて、

看護はまだまだ母性と癒着する概念として

展開されていきますが。



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自分自身も学生時代に

「看護における愛」を語られて、

最大限にうんざりして、

そんな曖昧な概念を使うから

看護は専門職化されないんだと考えていました。


その考え方は今でも変わりません。


看護とは視点であり思考であり、

まずは絶対的な知識と技術なのです。


ただ、最近年を取ったせいか、

このマリアのストーリーに象徴される

「看護としての愛」についても

少しわかったような気がします。


看護の始まりはもちろん、

マリアに象徴される愛であり、

自分がまったく関係ない紛争地で

ひとのいのちを救っているのも

また愛なのでしょう。


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今回このイエスとマリアが最後に会った場所を

訪れる事により看護の概念形成を考察することができました。


もちろん、この後も看護は女性の仕事の一部として

1900年も概念として独立しないまま

時代は突き進んで行くのですが。


言語化はまだまだできないですが、

自分も多くの愛をもらって教育を受けたからこそ、

今自由に世界で愛を表現できていることは

確かな事実でしょう。


非常に難しい概念操作でした。


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