エルサレム1
おひさしぶりです。
今年はじめからの激務が終了して、
本日4月1日から世間は新年ですが、
自分は東京で数週間の休暇になります。
桜が満開の公園でマニアな本を読んだり、
ジムで体を整えたり、今年の計画を立てたり、
ゆっくりと過ごす予定です。
今回は、去年の振り返りとして、やっと行けた
について書いてみたいと思います。
去年の後半にシリア国ダマスカスで
シリア内戦中の医療調査の仕事している際に、
イスラム教徒最大の祝日である
"Eid ul-Adha(イード・アルアドハー)"
に重なり、チームのほとんどはイスラム教徒であり、
チームとして1週間の休みを取ることを決めました。
これは、サウジアラビア国メッカに
イスラム教徒が巡礼する"Haji(ハッジ)"の最終日であり、
イスラム教徒は祈りを続け、生け贄を各家庭で捧げます。
この祝日の前後は、飲食店や公共交通機関、国境まで
すべての仕事がストップするので、
シリア内戦もイスラム関係は一時休戦となるので、
チームには祝日数日前に1週間休みを言い渡し、
自分は「イスラエル国」に行くことを決めていました。
まずは、国連系の輸送で6時間かけて
シリア国ダマスカス(Syria, Damascus)から
セーフスポットである
ヨルダン国アンマン(Kingdom of Jordan, Amman)に戻ります。
もちろん、自分はクリスチャンではないのですが、
イエスが最後に歩いた道を歩き、
聖書で出てくる場所を見て回りたいという
希望が長年あり、やっと実行可能になったわけです。
もちろん、マリアが看護の象徴とされる
看護概念として非常に重要な場所に行ってみたかったのです。
イスラエル国はまさに紛争の国で、
ユダヤ人の国でアメリカの支援を受けており、
中東でイスラムと対抗する国として有名です。
世界で最も不思議なことですが、
なんとひとつの小さな街の中にあるのです。
(日本では世界三大宗教は、
厳密に言うと、
それぞれ予言者が異なるだけで、
みな同じ「神」を信仰しているので、聖地も同じになります。
そのため幾度となく聖地奪還の紛争が起き、
聖地エルサレムがあります。
ものすごくセキュリティが厳しく、
自分みたいにイスラム教の世界で働いて
パスポートがイスラム国のスタンプだらけになっている状況では
普通の形態では、入国は絶対不可能だと言われてきました。
(どうみてもイスラムのテロリストです。)
逆に、厳しいイスラム教徒からは、
「イスラエルに行ったら、お前とは縁を切る。」
と次回の入国を保障しないと言われたこともあります。
かれらは「イスラエル」とは言わずに
「占領されたパレスチナ地区(Occupied Palestinian Territory)」
と呼び、自分たちの土地だと考えています。
しかし、どうしても行きたいので得意の裏工作をして、
イスラエルの病院に頼んで、正式な招待状をもらい、
先に入国管理でIDカードを発行してもらいました。
(普通の日本人は普通に入国できます。)
イスラム教徒と同じボーボーのひげも整え、
きれいな服を着て、ひさびさWAXで髪を整えて、
いざヨルダン出国バスに乗ります。
もちろん、国境はいつも混雑のトラブル続きです。
長蛇の列に、効率の悪い手続き、
そして謎の出国ストップなどが発生します。
自分は慣れているので、事前情報を駆使し、
さっさとポイント押さえて列の先頭に並び、
無敵の日本パスポートで信頼の笑顔と
アラビア語を使いまくり、余裕で出国できました。
こういうサバイバル力が大切です。
非公式的な国境であり、ビザやスタンプは発行されません。
中東では普通に、こういう謎のスポットが多々存在します。
従って、パスポートは見せるだけで、
ペラペラの紙でいろいろ手続きします。
そして、普通に軍隊が展開している停戦ラインを
路線バスで30分で越えてきます。
国が変わるのですが、距離的には数10kmしか違わないので、
あまり雰囲気は変わりません。
そして、うれしいことに、
この停戦地区にかかっている橋は日本のODAで作られたもので、
中東における日本への信頼の厚さを実感できます。
政治的に中立的で、白人でない唯一の先進国として、
本当に世界で尊敬され、小さな国なのに存在感は大きく、
「日本」というブランドの中で仕事をもらっています。
本当に感謝です。
今回は、エルサレム訪問から
看護とキリスト教について深く考察してみたいと思います。